高級クラブの歴史―今も残る銀座・六本木の高級クラブは超一流

バブル時代には多くのクラブが存在

今の若い世代は、“バブル”というものを知りません。
耳にしたことはあっても、あの時代の凄さや、ある意味の異常さは体験しなければわからないはず。きっと、想像もつかないのではないでしょうか。

バブル時代は、夜の街も非常に派手でした。
一部はディスコなどで踊り明かし、そして一部はクラブへ毎晩のように通い、とにかくお金をバラまくように使っていたんです。
一定年齢以上の人は、その時の感覚をまだ引きずっているのかもしれません。
「もしかしたら、またバブルが来るかもしれない」と期待している人も少なくないでしょう。

そんなバブル時代には遊び好きの日本人のために、とにかくたくさんのクラブが存在していました。
どんなに高級なクラブでも、バブルの時代は毎晩大盛況。
札束が舞い、一晩で数千万円ものお金を使うお客さんも後を絶ちませんでした。
銀座に絞ってみても3,000ほどのクラブがあったと言います。
六本木なども含めれば、一体どれだけのお店があったかは想像もつきません。

バブル崩壊や震災の影響でクラブは激減

栄華を極めた日本のクラブ業界。
それは、バブル崩壊と共に様相を一変させます。
バブルが崩壊すると、途端に多くの人がお金を失うことになるのです。
その影響は、もちろん銀座や六本木の夜の街にも大打撃を加えます。
クラブ、特に高級クラブを利用する人が激減するわけですから、クラブの多くが店をたたまざるを得なくなるわけです。

その後少し景気を盛り返しつつある日本でしたが、リーマンショックや東日本大震災などの影響により、さらにクラブの数が激減。
円安や株高の影響で一時よりは持ち直しつつあるものの、まだまだバブルの時代とはほど遠い経済状況であることは間違いありません。
少なくとも、日本国民の感覚的には、お金を山ほど遊びに使える状況ではないのではないでしょうか。

現在残っているクラブは最高級

ただ、バブル崩壊やリーマンショック、そして大震災によって、夜の街は洗練されたと表現することもできるのかもしれません。
つまり、質の低いクラブは淘汰され、現在残っているクラブは非常にクオリティの高いお店であると言えるのです。
バブル崩壊や大震災後の不況を乗り越え、現在まで生き残っている高級クラブは真の高級クラブであり、最高級であると言っても差し支えないでしょう。

経済的に少し余裕が出てきた人は、是非銀座や六本木の高級クラブへと足を運んでみてください。
なぜ、激動の時代を生き抜くことができたのかは、お店でお酒を飲んでみればわかるはず。「最高級クラブとは、こういうことか」といったことも、きっと実感することができるでしょう。
看板や値段だけではなく、本当の意味でレベルの高い高級クラブに出会いやすいという意味においては、今の時代はとても恵まれているのかもしれません。

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